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2009年11月14日 (土)

秋の雨~母の一周忌そして…

この降りしきる雨が情けの雨でありますように

今週 母の命日に前後して大事な人をまた失いました。

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ちょうど、一年前も母を失って私の心は彷徨っていました。
その時は書けなかった母への想いを残しておきます。

母は子煩悩で手芸や料理の好きな家庭的な人でしたが
子沢山で仕事も持っていましたからいつも忙しく働いていました。
目立たず、特に手がかかるわけでもない私は病気の時以外は母に甘えた記憶がありません。母はどんなに慕わしくても私にとって手の届かない存在だったように感じていました。
晩年母が病気になってからも遠くに嫁いだ私はお見舞いの他にできることがなく
介護も姉にまかせきりになってしまいました。

母の晩年は10年もの長い間、自分の意思を伝えることも出来ない状態でしたから
身体が近くにあっても母の心は、ずっと遠くを旅しているような感じでした。
亡くなったと知らせを聞いて駆けつけた時も
眠るように横たわっている母を見て
私には何も告げないまま、もう帰れない旅に出てしまったように感じました。

母を見送ってから娘として母にもっとできたことがあったのではないかしら…という思いと、遠い記憶の中に母が残してくれた私との絆を探して幾日も彷徨うような日々が続きました。
大家族の世話と父が経営していた会社の切り盛り、本当にそれだけで大変だっただろうと思います。
それでも5人の子供を育て上げ祖父母にも良く努めた母
好きな手芸や歌でいつも家族を楽しませてくれたり、
近所の子供たちまで招いて読書会したり
小柄な母の身体のどこにそんなエネルギーがあったのだろう…と感じます。

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求めても得られない母との絆を探すうち気づいたことがひとつあります。
私は身体が丈夫ではないのに何故か人に『エネルギッシュとかチャレンジャー』と言われます。
妹に言わせるとそれは母譲りで誰よりも私が濃く受け継いだらしいのです。
体調とはお構いなしに気持ちだけで行動して周りに迷惑をかけることもありますが
波乱万丈の人生もこの気質のお陰でなんとか乗り切ってこられたように思います。
そのことに気づいて初めて母への思い(渇望?)を感謝に変えられたように思いました。

それでも、母の面影をずっと探していました。
10年以上もコミュニケーションが取れなかった母を失って正直こんなに長く立ち直れないとは思いませんでした。
とはいえ長男の引越しや伯母の入院の付き添い
オープンガーデンがあったり
忙しさでどうにか紛らわしていました。

半年位して写真教室の写真展がきっかけで
母の古い写真をデジタルの写真原稿に起こすということを始めました。
フォトショップに不慣れなせいもあったと思いますが
何度も何度も一枚の写真に向き合って気が付くとニヶ月も経っていました。
私の息子を抱いている写真です。孫を抱く母の眼差しは慈愛に満ちていて、それは私自身が母に求めていた姿でした。
そうやって母の写真に向きあううちに次第に母が身近になった感じがしました。
二ヶ月もの間、写真の中の母に寄り添うことで私はゆっくりと癒されていきました。

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母の写真は写真展には飾ることはできなかったのですが
数年前沖縄で撮った写真を先生に焼いていただきました。
この頃はどうにかリバーサルフィルムでしたのでこの海でデジは一枚だけです。
写真展では縦位置で暗い海に光を投げかける空を入れたものを焼いていただきました。プリンターの先生の力で微妙な光の綾がうまく表現されて大好きな作品になりました。
この写真展で写真は撮影者とその写真の味を引き出すプリンターの合作であることを改めて体感しました。

この先生にお世話になって一年あまり
芸術系写真のプリンター第一人者として有名な方なのに
新参者の私にも気さくにいろんなお話しを聞かせて下さいました。
よく笑い泣き そして写真のお話し 
そしてつたない私の作品でもけっしてけなさず優しく指導して下さいました。
先生の優しさに励まされてコンテストにも出品することができました。

まだまだ先生に教わりたいことばかりでしたのに
あまりに早く旅立ってしまわれて
私は途方にくれています。

それでもまた 私が息を殺して被写体に向かうような瞬間には
きっと先生の写真魂に勇気付けられることでしょう
ありがとうございました。
ご冥福を心からお祈りいたします。

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コメント

お母様を亡くされて、1年・・・
悲しみもまだ癒えない中、大切な先生を亡くされたとは
どんなにか、お悲しみのことと思います。

お母様のお写真、可愛らしい息子さんを抱っこされて
ほんとうに穏やかで優しいまなざしのお姿ですね。
tearoseさんの何にでも積極的にチャレンジするエネルギッシュなところは
お母様譲りだったのですね。
素敵なプレゼント・・・。
お母様への思慕と切ないお別れには、胸が詰まりそうですが
きっとお母様は、tearoseさんのことを深く理解されて
大切に思ってくださっていたことと思います。
今は、お空の上でいつも見守ってくださっていることでしょう。
お別れの悲しみは、ゆっくりと癒してくださいね。

沖縄の写真、美しいですね。
写真は撮影者とその写真の味を引き出すプリンターの合作であるとは
初めて知りました。
先生のご冥福を、心よりお祈りいたします。

投稿: みー | 2009年11月14日 (土) 23時50分

雨の中、気が沈むことばかり続いて、tearoseさんのお体が心配です。

お母様の写真、とても素敵な写真です。
tearoseさんはどちらかというとお父さん似でらっしゃいますが、お母さんにもやはり似ていらっしゃいますね。
お母様の慈愛あふれるおおらかな心が見えるようです。

投稿: kiku | 2009年11月15日 (日) 12時42分

私も4人兄弟でした、おふくろは来年3月に90歳になりますが、tearoseさんのお母さんに対する気持ちはわかるような気がします。
我々が小さい頃は何処の家も両親達は生活するのに精一杯がんばっていたような気がします。
兄弟が多いと、時には母親を独占したくなる甘えもあったように思います。
病気のときの母親の優しさを、強く感じましたね。
tearoseさんがお母様に対して晩年の10年間、何もして上げられなかったと言う自責の念はお母様はきっと望んでおられないと思いますよ。
全てを許してくれるのが母親であり、真の愛だと思いますし、兄弟も色々な環境があるので、理解してくれていたと思いますよ。
tearoseさんの息子さんを抱いている一枚の写真が全てを物語っているようですね。
何の見返りを求めない親の愛ですが、孫をプレゼントしてくれたtearoseさんへの感謝の気持ちが良く現れていますね。
写真の先生とのご縁も、お母様の導きだったのではないでしょうか?
人と出逢うのは偶然ではなく、色々な要素が重なって奇跡に近いご縁があるのだと思います。
人間一人一人の誕生そのものが奇跡ですから・・・人の死も奇跡なのでしょうね。
写真の先生のご冥福をお祈りいたします。

投稿: sinobueakira | 2009年11月16日 (月) 03時20分

お母さんと息子さんの写真、
何とも言えない優しい光が差し込んでいる素晴らしい一枚ですね。
このような写真が残っていることだけでも、
お母さまのステキな置きみやげ。宝物ですね!
うちは産後に母がはるばる手伝いにやってきてくれたのに、孫との写真、私とも一緒に写った写真など一枚もないです。(涙)
私も6人兄弟で、ろくに甘えた事もないまま早くから離れてしまったので、今になって色んなことが頭をよぎります。
この年代になると、たびたび大切な人との別れを経験するようになって、母達の世代も同じだったろうに日々の営みに全力を傾けてくてていたのですね。
私たちも戦後の母たちを見習って、後ろをふり向かずに今日を精一杯生きなければ、なんてたまには背筋をのばして考えたりします。
tearoseさんのお写真に、先生が種をまいた写真の魂が受け継がれていくのでしょうね。
期待しています!

投稿: こーこ | 2009年11月16日 (月) 11時55分

写真の先生に対する想い
母に対する想い
そして父に対する想い
みんなごちゃ混ぜになって感傷的だった気持ちが
皆さんの温かいコメントやメールでずいぶん癒されました。

僅か二年半の間に四人の家族と先生を失い
さらに子供も巣立ってしまって
自分自身の健康にも終末期の伯母の介護にも不安になって…
今回のエントリーは思いっきり弱い自分を晒してしまいました。

でも、ブログを通じて確実に皆様の気持ちを受け取って元気になっています。
ひとつひとつのコメントにたくさんの思いと感謝の気持ちが溢れて…
何度読んでもうまく言葉にできませんが、ありがとうございました。


みーさんへ

ここには書けないけど、複雑な事情もあり母には素直に甘えられなかった私
でも大きなプレゼントを忘れてはいけませんね
みーさんのおかげでまた一歩素直な自分に近づきました。ありがとうございます。

写真塾では同じ原版を塾生が夫々が違う紙、焼き方で表現したり、美大のゼミのようで楽しかったです。
不真面目な生徒であった自分が悔しいです。

kikuさんへ

父の親戚には父似だと言われるし
母の親戚には母似だと言われ…
血は不思議なものですね
昔、母に褒められたことひとつだけ覚えています。
『この子はドブに落ちても笑ってるいるような子』
大丈夫です。そんな子ですから…

shinobueakiraさんへ

そういえば昔のお母さんは生活するのに精一杯だったのかもしれませんね。
私もshinobueさんのように母に親孝行をもっともっとしたかったです。
今となっては遅いですが

人との出会いが奇跡…そうですね
わたしもそんな気がします。
夫々のご縁を大事にしなくては…


こーこさんへ

6人兄弟で同じような環境だったのですね。
それでもお母さんって娘のお産には手伝いに来てくれていたのですよね。
今考えると孫も多くて大変だったでしょうね
お母様を独占できた貴重な機会だったのに写真が無かったのは残念だったですねぇ
こーこさんは是非お孫ちゃんたちとたくさん写って下さいね。

なぜか、こーこさんの奮闘振りは大家族を切り盛りしていた母の姿と重なってしまいます。本・歌・手芸・個性的な子供たちとお年寄りそして犬・猫…共通点が多いからかもしれません。
でもきっとこーこさんの方が美人です。

投稿: tearose | 2009年11月17日 (火) 01時36分

お久しぶりです
お母様と息子さんのお写真とても心にしみます
息子さんのキラキラ光る無垢な瞳。そして深く静かなお母様の愛情あふれる眼差し。
しばらく、私もお写真に見入ってしまいました。心が静かに穏やかになっていきました。素敵なお母様だったんでしょうね。
母親に対する子どもの気持ちは複雑ですが、
こんなに素敵なお写真をお持ちのtearoseさんはお幸せですね。

投稿: OGC | 2009年11月23日 (月) 23時40分

OGCさんへ

写真にコメントありがとうございました。
身内の写真を載せるのはためらいがありましたが、写真無しでは思いをうまく伝えられない気がして少しぼかして載せました。
皆様に身に余る温かいお言葉を頂いて恐縮しています。
改めて平凡な毎日でも過ぎてみると大切な思い出になることを痛感しています。
OGCさんも可愛いお孫さんと素敵な思い出を写真にも遺して下さいね。

投稿: tearose | 2009年11月24日 (火) 22時58分

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